海底ならぬ深淵の君へ

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乗り越えるように強いるのはNG

受け止め方次第なのでしょうが、後々どう処理できるかも個人差があるのかも知れません。

一方自分は……と比較した時に、それが出来ない=やっぱり自分はこんなにも弱くて脆くて無能なんだなと感じてしまう。

この世の中には、程度はあれど変に鈍い人もいますし変に鋭い人もいます。

私は、些細な傷でも残り蓄積させてしまうタイプで、それこそ水洗トイレのようにキレイに流す、というのは昔から中々難しいことだと感じています(ココロの汚水処理場がないw)。

最終的にはすり減って切れかかり、 メンタルがダウンして回復するのに大体2~3年掛かります。その繰り返しです。

同じいじめられた人同士で「わたしはこうして乗り越えられたからあなたもそうしなさい」というのは、どこか違います。物事を解決できる能力には個人差があり、受けた心の傷の深さにも、個人差があるからです。

考え方を変えてどうこう、というレベルではないんです。

上手くいかない、上手く生きられないし生き辛い…それでも生きていかなくてはならないことは、頭では理解しています。狭間でさんざん悩んでもがいて自己分析にひた走り結果、恐らくそういう資質なのかも知れない。もしやHSPというやつ?と、最近になってようやく悟り、世の中の一般的な感覚との違いを感じ取ることで多少割り切れるようになってきました。

昔からここまで(敏感)だったかなぁ?とも疑問なのですが(笑)

そう考えると様々なピースがキレイにはまるのです、この世界に存在しにくいと感じることも。

HSPという存在を知り気持ちが楽に

自分は周囲にまったく溶け込めないけれど、これは1:4の性質の違いによるものであって世の中は4の基準で作られているのだからそう感じてしまうこと自体は問題ない、と言う風に結論出来れば少し気持ちが軽くなりました。

また、劇中ですと家族がバラバラになってしまっていましたが、当家はそういった事はありませんから、そこはまだ良かったなぁ…と思います。

「そんな積もりじゃなかった」で、人生がウン十年という単位で狂うことがあるかも知れませんということです。

大人になっても、いつまで経っても自分に価値を見出すことが難しくなり、社会に出ることも難しくなり…最終的には、こんな、社会にも満足に適合できない能力の低い自分自身がイヤで、この世界から抹消したくなることもあるのです、まさに私がそう。

そういう経緯もあり、割りと本気で「死にたい」と呟いてしまうことがありましたので家族には申し訳ないなと感じています。

ここでは詳しく書きませんが、職場でうつ症状を発症させたことがあり、その際には精神科を受診し投薬も行いました。それから悩まされている不調もありますし、恐らくメンタルはまだ完全に回復していないんだと思います。そこにまたダメージが蓄積していくので…完全な社会復帰は中々難しいのかもと感じています。ゆえに、現在は在宅で生計を立てることを目標としています、これまで世の中に合わせようと必死でしたから、この…現代において「標準ではない」ライフワークに到達する(自分が出かけて行って自宅と異なる環境で働くことが出来ないと認める)までにはかなりの時間を要しました。

生きづらい、というハッキリとした気持ちがあって。

それが理由付けでラクになるなら、それが客観的に見て真実であってもそうでなくても利用できる、それで生きていけるなら利用していいと思うのですよ。

緩い、甘いと思われようとも、それでも生きていかなければいけませんので。

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